女川物資支援レポ

 9月に募集させて頂きました女川地区への支援物資の配布に
同行してきました!
個人的に女川へ物資支援を続けていらっしゃる塩釜在住のSさん達と
10月10日の朝に合流したのですが・・・
その日は、大潮で午後には沿岸部の道路も浸水してしまうとのことで、
とにかく大慌てで、仮設住宅などを回ることになりました。
(震災以降、地盤沈下の影響で、沿岸部は大潮のたびに浸水して
しまうそうです・・・)



最初に、コンテナ村へ行きました。子供服などを支援して下さった方が
いらしたので、お渡ししました。
これから、寒い冬を迎えるので、とても喜んで下さいました。
(下の2枚の写真は、8月のものです。)



コンテナ村は、文字通り、コンテナの中でお花屋さんや飲食店・雑貨屋さんや
カラオケ屋さんを営んでいます。夏からオープンして、憩いの場所にもなっています。
次に、女川総合体育館避難所へ・・・



7か月たっても避難所で生活されている方々がいらっしゃいます。
オムツや日用雑貨をお渡ししてきました。
体育館の側には、被災地で初めての3階建ての仮設住宅の
建設が急ピッチで進められていました。
その後、女川第一小学校仮設住宅(おもちゃやベビーチェア、歩行器
などをお渡ししました。)、旧第三小学校仮設住宅(石鹸など日用雑貨を
お渡ししました。)、桐ヶ崎仮設住宅(同じく日用雑貨をお渡ししました。)
を回り、色々なお話を伺いました。時間がなくて、写真を撮れずスミマセン・・・
※今回ご支援いただいた物資は、すべてお渡し致しました。



(こちらの写真も8月時点のものですが、今でも変わりありません。)
女川は、震災前は教育や保育にとても力を入れていて、保育園は希望すれば
すべての子が条件なしに入園でき、地域で子育てをするネットワークが充実して
いたそうです。5つあった保育園も、現在一つしか再開していません。



山間の地形で、30ほどの仮設住宅や避難所が点在しており、在宅の被災者も含めると、
個々のニーズを聞いていくことが難しいと、支援を続けている方はおっしゃいます。
電話も、まだ通じていない状況で、インターネットを活用している人も限られています。
実際に訪ねてみて、「(この物資は)足りているので大丈夫です。」と、言われることも
ありましたが、まだまだ物資も含めて様々な支援が必要とされていることを感じました。



託児につきましても、前向きなお話をさせて頂き、
まず準備段階として、女川第一小学校仮設住宅の集会所で、
11月から親子サークルを立ち上げる予定があります。
(近日中に詳しくご案内致します。)

今後も可能な範囲で物資支援も続けていけたらと思っています。
ご支援下さいました皆様の温かいご協力に心より感謝申し上げます。
最後に女川支援を続けているSさんからの言葉で締めくくらせて頂きます。

『伝えきれない思いや現状があるのですが、どうぞ、自分たちの町、
故郷がある日突然こんな風景となり、この風景のなか暮らし続ける
ということを数秒でも、数分でも想像していただけないでしょうか?
すべてを失った人が、洗剤1本買うのも大変だということを、どうぞ
想像頂ければ、いつまで支援が必要か。
この町がまた、人が普通に歩いている、買い物している、仕事にいく、
そんな風景であふれるようになったら、きっとやり直せる。
それまで力を貸して下さい。
被災地にいる私達は、いつか立ち上がらなければ、と思います。
立ち上がるには、自分の足で立ち上がるしかないのかもしれません。
それには、どうぞ強さをください。
強さはどうやって得られるのか、それは優しさからだとある少女から
教えられました。
その少女は、女川の小学校の倒れなかったヒマラヤ杉をみて、
「多くの優しいまなざしに支えられたから、この木は倒れなかった」と
いうのです。
私達はまだ、厳しい叱咤激励に応えられるほどではありません。
皆さんからの優しさに包まれて、強くなれるのだと思います。
どうぞ、優しさを。優しさを下さい。』
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